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宅録史7:すべて機械にやらせろ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史6:給料で機材を買え
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

MTRを駆使してひたすらギターやシンセを実際に弾いて多重録音してましたが、すぐに限界が訪れました。この時点で機械が演奏してくれるのはドラムマシンのみ。ギターは、そこそこ弾けるようになってきましたがシンセやベースは難しい。そして、何よりも、すべての楽器を録音してみないと、今作っている曲が良いのか悪いのか自分でも判断出来ないのが問題でした。

作曲の過程は、完成図が最初から出来ていることはなくて、ひたすら試行錯誤の繰り返し。アレンジを変えるごとに「演奏を練習、そして録音」を繰り返さなければなりません。重ねる楽器が増えアレンジが複雑になるにしたがって、1曲作るのに果てしなく時間がかかるようになりました。曲の完成の見通しが立たなくなり、この頃、何ヶ月も取り掛かったきり結局完成しない曲が山のように貯まってきました。

そして、転機がやってきました。Rolandから格安(と言っても約13万円)のシーケンサーMC-300が発売されたのです。MTRの時と同じように、これで何が出来るのか何も分からないままお茶の水まで買いに行きました。

今でこそシーケンサーはパソコン上で動くアプリが一般的ですが、MC-300は単体の機械です。その機能はMIDIの打ち込みのみで、それさえも機能は現在の初心者用アプリの10分の1(100分の1?)もありません。もちろん、オーディオの録音も出来ないので、シーケンサーとMTRを同期して、ドラム、ベースと簡単なシンセの伴奏をMC-300へ打ち込み、ギターは今まで通りにMTRに録音します。MTRの1トラックにはシーケンサーとの同期信号を入れるため、残りの3トラックしか使えなくなってしまいました。

シンセはCZ-1000では役不足なので、CASIO VZ-1を買いました。これは、あまり売れなかったモデルですが、当時、爆発的に売れていたYAMAHA DX-7は高くて買えなかったので、こちらになりました。値段相応で、ベースやピアノなどの音色はとてもリアルとは言えませんでしたが、同時に複数のパート(チャンネル)を1台で演奏出来るようになりました。

宅録史_07

これで、ギター以外は録音しなくても済むようになり、作曲も録音も作業時間が約10分の1に短縮しました。特に、試行錯誤せずとも、打ち込みのエディットでいかようにも変えられるようになったのが利点でした。ただし、英数字しか表示されない小さな液晶でエディットするのは、かなりの専門的なMIDIの知識が必要ではありました。

これで自分のギター以外のパートはすべて機械に演奏させることが出来るようになりました。まさに機は熟しました。この時作ったハードなインスト3曲は、とうとう作りたかった物が作れたと言えます(こちらこちらこちら)。

 今回の機材:Roland MC-300、CASIO VZ-1

 今回の一言:機材の進歩は、作曲の習熟よりも早い
(どんどん勉強しないと機材を買ってばかりで1曲もできなかったりして)


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宅録史6:給料で機材を買え [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史5:複雑なものから法則を探せ
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

歌謡曲、クラシックと作曲経験を積み、その後、学生の特権「暇」を活用してロック、ポップスの歌物を12曲量産しました。MTRの使い方もこなれてきて、4トラックで5~6パートを重ねられるようになりました(ピンポン録音と言うテクニックを使います)。

そして、無事に卒業・就職して社会人になりました。と言うことは給料が入ると言うことに他なりません。さっそく、最初のボーナスでシンセサイザーを買いました。それを買えば、「どんな音」でも録音出来ると思ったからです。バイオリンでもベースでも何も、、、。

ところが、ちょっと甘かったです。当時、出たてのデジタルシンセはとても高価で、買えたのは、CASIO CZ-1000でした。発音数=4(音を悪くすれば一応8音も出ます)、強弱がつかない、エフェクターも入っていない、そして何よりも、全然本物の楽器と同じ音が出ませんでした。それが叶うのは、PCMシンセ(サンプリングされた波形が入っているシンセ)が世に出る3、4年後まで待たなければならなかったのです。

しかし高価な買い物ですし、元々、シンセが主役の音楽が好きだったこともあり、シンセの習熟に勤めました。CASIO CZ-1000は、操作が非常に分かりやすく、また、この頃になると、シンセの参考書等も出始めたので音作りはすぐに覚えました。しかし、困ったのは、そもそも鍵盤が弾けかったことです。

当時は鍵盤楽器を弾いたことはおろか触ったこともありませんでした(小学校の音楽室でちょっとは触ったかもしれません)。しかし、シーケンサーなんてない時代、MTRに録音する以上、細切れであっても実際に弾かなければなりません。ここから半年におよぶ苦悩の特訓が始まりました。今でも弾けるとは言えませんが、打ち込みに不自由がない程度には鍵盤がいじれるので、この時の努力は報われたと思います。

そして、社会人2年目となり、強制的な二人部屋の寮暮らしが終わり、自由なアパートでの一人暮らしになりました。徹夜でも何でもOKの生活が始まりました。さっそく、新しいドラムマシン(KORG DDD-5)、マルチ・エフェクター(Roland DEP-5、YAMAHA SPX90Ⅱ)と矢継ぎ早に買い、正真正銘のインスト物に挑戦しました。まだ、ギター・アンプ・シミュレーターは存在しませんでしたが、マルチ・エフェクターをトリッキーに使って、アンプもどきの音を編み出したこともきっかけとなりました。ハードに歪んだギターが録れるようになったのです。

宅録史_06

他の録音機材は変わってませんが、4トラックMTRとビデオ・デッキの音声トラックを行き来してダビングを重ね、もっと多くの楽器を重ねる技を独自に開発しました。これで、はじめてドラムマシンもステレオで録音出来るようになりました。シンセもなんとか弾いて、初期のハード・ロック・インストは4曲ほど完成しました(こちらこちらこちらこちら)。

しかし、この方法は、初期のウォークマンを使った録音と同じぐらいの労力を必要としたのです。機材を買えば買うほど録音に時間がかかるようになってきました。シンセも新しいドラムマシンもMIDI端子がついてました。その端子にシーケンサーという機械を繋げば自動演奏してくれると知りました。だが、それは何十万もしてまだまだ庶民には夢の世界。ひたすら録音しては間違え、やり直しては、また間違えを繰り返して、毎日、録音に励んでいたのです。

 今回の機材:CASIO CZ-1000、KORG DDD-5、Roland DEP-5、YAMAHA SPX90Ⅱ

 今回の教訓:社会人になると機材は買えるがそれを使う時間は少ない

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宅録史5:複雑なものから法則を探せ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史4:アイドルをさがせ
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

しばらくの間、歌謡曲を作曲してましたが、やはりハードなインストをやりたくなりました。そこで、1曲作りましたが、、、(こちら)。

まず、ギターの音が酷かったです。以前、書いたようにエフェクターから直接ミキサーへ入力して録音してたのですが、歌謡曲の時はクリーンな音色だったので何とかなりましたが、エフェクターで歪ませた音はとても酷い音でした。当時はアンプシミュレーターなどの機材もないので、ハードロック固有の歪んだ音色は、大きなアンプで大音量を出してマイクで録るしか方法がありませんでした。しかし、防音設備のない自宅では無理です。

それよりもギターが下手でした(エレキを買って、まだ2年です)。インストはどうしてもアドリブなどの高度な演奏技術が必要になりますが、それは無理な話。自分にはまだ早いと思いました。まだ、ハードなギターを録音するすべもなく、次に目をつけたのはクラシックでした。

ポップス、ロックと同じようにクラシックも好きで、ラジオでよく聴いてました。しかし、作曲のお手本として聴くには難解なのは訳が分からないので、バッハなどのバロック音楽が好きです。まずは、この辺に手をつけようと思いました。

まだ、音楽理論を勉強してないので、大編成のオーケストラなどが分かるはずもなく、小編成の室内楽やオルガン曲が多いバロックに目をつけたのは正解でした。まずは、前にラジオで何回か聞いたバッハのバイオリンのソロ曲の譜面とレコードを買ってきました。が、しかし、このもくろみは大きく外れることになりました、、、。

譜面を見ても訳が分かりませんでした。そこには、#やbだらけの音符が並んでいました。不協和音ぽい個所はともかく、聴いた感じは何気なく流れるようなメロディーであってもいっぱい並んでいました。当然、歌謡曲で身につけた「コード進行の法則」では歯が立ちませんでした。

それよりも、もっと驚いたのはメロディーが同時にいくつも演奏されていることでした。そこにあるのは、伴奏(=コード)とメロディーという図式はなくて、各パートが勝手に演奏しているのに全体でハーモニーになっていると言うものでした。バイオリン一つでこれをやられたら一たまりもありません。降参でした、、、。

が、それも悔しいので譜面とレコードを比較して何度も何度も聴きました。そして、おぼろげながらも複雑さの中にも「法則」があることにに気が付きました。知識・理論も知らずにとにかく耳で覚えて、それを模倣して2曲作ることに成功しました(他に未完成は山ほどあります)。当然、クラッシックの楽器はないので(当然シンセも持っていない)ギターとMTRで何とかして録音しました(こちらこちら)。

宅録史_05

その後、書物から知識・理論を修得して「どんなに複雑なコード進行でも最初に発見した3つの法則で説明出来ること」、「複数のメロディーが同時になるのはポリフォニーと言ってハーモニーの基礎であること」に気付いたのは、7、8年ほどたってからです。

その後、この教訓からシンプルなコード進行でもただ単純にコードを並べることはやめるようになりました。コードと言うものは音楽を良く分かっていない人に簡単にハーモニーを教えるものであって、各声部が別々の歌を歌うように「奇麗に」配置しなければ、本当のハーモニーは得られないことに気付きました。そして、我々がやっているような音楽は、クラッシックの世界では200年前にすでに「古い」ものになったものの焼き直しなのであることにも気付きました。深遠な音楽の世界を垣間見たことによって、さらに作曲に励むことにないります。

 今回の教訓:すべてはクラシックに学べ

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宅録史4:アイドルをさがせ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史3:何度でもやり直せ
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

ドラム・マシンと4トラックのMTRを手に入れて4つの音を自由に重ねられる事が出来るようになりましたが、これが逆に作曲の足かせになりました。まだ、ベースのフレーズも分からないし、それどころかギターの伴奏もバリエーションが少ない。個々の楽器の演奏をどういう風に組み合わせたら良いかが全然分かりませんでした。つまり、「アレンジ(編曲)」と言うものが勉強不足でした。

また、当時、好きだったハードロックはギターが難しく、当時の腕では、速弾きのアドリブや、正確でタイトなバッキングなんか夢のまた夢。録音するのは当分無理でした。そこで、路線変更をすることを決心しました。それは「歌物を作る」ことです。しかも、「歌謡曲」です。まず、当時、ちょっと憧れていたアイドルの作った詩(歌の詞ではない)にメロディーをつけて曲にすることにしました。これは成功でした。なぜならば、コード進行やリズムのアレンジなど、分からないことがあっても、「歌謡曲」ならちまたに腐るほどお手本があります。TVでもラジオでも、とにかく作ろうとしている曲と似たような曲を聴きまくりました。

録音は、前回説明した4トラックの編成でやりました。ただし、歌を歌ってくれる「アイドル」は身近にいなかったので、ギターでとりあえずメロディーを入れて、その内、ヴォーカルを探してから仕上げることにしました(今だにその目的は達成してません)。当時の作品はこちらです。

宅録史_04

2曲目以降は、詞も自分で書いて、合計6曲作りました。これらは「歌謡曲」ですが、作曲能力を格段に進歩させる要因となりました。なぜならば、「歌謡曲」と言うのは、作曲の技法としては使い古されたものの寄せ集めです。一般大衆は保守的で新しい音楽は受け入れないからです。それは「歌謡曲」が「J-POP」と名前を変えても変わってません。なので、コード進行は定番中の定番である物が連発されます。いままで、コード進行など理解せず、行き当たりばったりで作ってましたが、ここで「コード進行の法則」を発見することになります。しかも、整理すると法則は3つしかないことに気が付きました。などなど、何年も後になってから振り返ると、本格的に作曲・アレンジを習得するきっかけとなったことに気が付きました。

 今回の一言:大衆音楽にこそ真理が含まれる

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宅録史3:何度でもやり直せ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史2:ドラムの法則をさがせ
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

何とかドラム・パターンを習得して本格的に曲を作り始めました。しかし、ウォークマンを使った録音は限界に来ていました。今までの曲は1~2分でしたが、それでも途方もない回数をやり直して弾いてました。普通の長さの曲を作ろうとしたら4~5分間、間違えずに弾かなければなりませんが、ギター2年目では不可能な事でした。

雑誌の知識で、プロはマルチ・トラック・レコーダー(MTR)と言うものを使っていて、それを使うと楽器毎にバラバラに何度でも録音をやり直せて、しかも、間違えたら部分的に録音し直すことが出来る事を知りました。ミスってもやり直しが利くことに「プロはずるいことをしている」と思いつつ、これは是が非でも手に入れなければならないと思ってました。

そうこうしているうちに、TASCAM(=TEAC)からPARTA ONEというMTRが出ました。TASCAMは、少し前からアマチュア向けの廉価なMTRを出し始めてましたが、一気に半額以下の製品を世に出したのです。バイトで稼いだ10万円を握りしめて、またしても新宿へ向かいました。しかし、当時の少ない情報ではMTRの仕組みは分からず、実物を前にして「一体これは何なんだろう?」とさんざん迷いました。最後は、音の良いカセット・デッキだと自分に言い聞かせて買いました。本当に何なのか理解せずに10万円を払いました。

宅録史_03

PARTA ONEは4トラックのカセット・レコーダーと4チャンネルの簡単なミキサーが一体になった物です。テープへの録音は、新しく録音すれば前の音は消えるのが普通ですが、MTRは前に録った音を消さずに、それ聞きながら別のトラックへ新たに録音できます。こんな事を理解するのに何日もかかりました。また、ミキサーという概念もよく分からず、音を出すのも一苦労でした。しかし、努力の甲斐あって、ミスった演奏の録り直しや各楽器のバランス(音量)をとったミックスダウンが出来るようになりました。

そして、4トラックを使って下記の編成で曲を作り始めました。

◇ドラム 前回、買った物。モノラルで録音する
◇ベース ベースは持ってなかったので、ギターにベースの弦を2本張って弾いた
◇サイド・ギター ギター用のペダル・エフェクターをかけて録音
◇メロディー サイド・ギターと同じです

ギターはエフェクターから直接ケーブルでミキサーへ入力しました。アンプシミュレーターなどない時代なのでかなりチープな音色ですが、安物のマイクを使わなくなったので音質は格段に向上しました。

こんな感じで曲作りを再開しました。曲の途中からやり直しがきくとは言え、成功するまで何度でも録音をやり直すことには変わりなく、結果として途方もないギターの練習にもなりました。

 今回の機材:TASCAM PARTA ONE

 今回の一言:録音機材は不可能を可能にするが、下手な演奏が上手にはならない。

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宅録史2:ドラムの法則をさがせ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史の続きです。

 前回のお話はこちら → 宅録史1:家であるもので曲を録音しろ
 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

ギターを重ねて作曲をすることはすぐに壁に突き当たりました。なぜかと言うと、はやりロックやポップスが作りたいのでドラムがないと形になりません。雑誌でドラムの音が出せてプログラミング(打ち込み)すれば自動演奏してくれるドラムマシンと言うものがある事を知りましたが、まだ何十万円もした時代。自分には関係ないものと思ってました。ところが、KORGから4万ぐらいで新製品が出ました。ろくに調べもせずに、新宿のイシバシ楽器まで買いに行きました。これが録音機材の第1号です。

宅録史_02

当時もリズム・ボックスと言う物(チャカポコと電子音が鳴る)はあったので、訳が分からないながらも、ドラムマシンは「本物のドラムの音がなるリズム・ボックス」であろう事は想像できました。しかし、家に着いて鳴らしてみると、、、やっぱり値段相当でした。レコードで聞けるドラムの音とは異なりとてもショボイ音でした。そして、16分音符より細かい音を入れられない、音量が一定で強弱がつけられない、10個しかタイコの種類がない、当然MIDIなんかない、と言う機材で、今なら、「これでどうやって曲を作るの?」と言った機材でした。

しかし、もっと問題だったのは自分がドラムのことを知らなかったのです。当時は、バンドをやったこともなく、本物のドラムの音を聞いた事はおろか、見たこともなかったのです。プロのライブでは見てますが、武道館のような大きな会場が多かったので詳細は分かりません。「バスドラって何?、スネア? ハイハット? タム?」と言う状態でした。

そこで、片っ端からレコードを聴いて、とにかく「どの音がどこで使われるのか?」と言う法則を探りました。そして、自分のドラムマシンの音色を曲のどこで使えば良いかを把握していきました。レコードでは聞こえるけど自分のドラムマシンにはない音というのも一杯ありましたが、それはどれを代用すれば良いかを考えていきました。そして、苦節数ヶ月、単純な8ビートですがドラム・パターンと言うものを習得しました。

その後、本物のドラムを叩いているのを体験するのは4年も後です。その時、自分がやってきたドラムパターンが間違っていなかった事と、本当に人間が叩けるのだと言うことに感動しました。

 今回の機材:KORG DDM-110

 今回の一言:音楽は耳で聞いて覚えれば間違うことはない

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宅録史1:家であるもので曲を録音しろ [連載読み物]

自宅録音の黎明期を語る自分史。前回は序章でしたが、今回からお話がスタートです。

 1回目のお話はこちら → 宅録史:序章

高校卒業後にエレキを買い、まだまだ初心者ながらも2年目ぐらいからオリジナル曲の音源化(当時はカセットテープ)のチャレンジを始めました。演奏も作曲も完全に初心者でしたが、エレキの練習と同時進行で録音も始めました。

本当は歌物が作りたかったのですが、自分は歌が下手なので、まずはエレキを使ったインスト曲からスタートしました。しかし、前回、書いたように録音機材が買える時代ではなく、また今のように情報もなくプロがどのように録音しているかも分かりませんでした。完全な素人です。

作曲と言っても、プロのような完成度は無理だとは分かっていたので、伴奏にメロディーを重ねれば良しとしました。ただし、両方共にギターで弾くとしたら、2人で合わせて同時に弾くか、1人で2回録音して重ねなければなりません(多重録音と言います)。まだ、ギターの初心者だったので、上手な友達に頼んでも合わせて弾くのは無理なので自分一人でやることにしました。

まずは、身の回りにある物で何とかならないか考えて、次の物が出てきました。いずれも安物です。

◇エレキギター
 持っている楽器はこれだけです。今だにメイン使っているストラトです。
◇ギターアンプ
 リバーブとかは何も付いていない小型のトランジスタ・アンプです。
◇オーディオ・セット
 音楽を聴くのが趣味だったので、中学生の頃に親に買ってもらいました。レコードプレーヤー、ラジオ、カセットデッキ、アンプ、スピーカーのセットです。ここでは、レコードプレーヤー以外をすべて使います。
◇ウォークマン
 再生専用のカセットプレイヤーです。片道2時間の電車通学なので必需品でした。
◇ワイヤレスマイク 
   小学生の頃、アニメの主題歌をTVから録音するために親に買ってもらいました。

これで多重録音が可能になったのはマイクに秘密があります。この安物マイクは、出力をケーブルでもFM電波でも出せるようになってました。そして、本来は出力用のプラグに音を入れると、同時に録っている音とミックスされて、FM電波に飛ぶようになってました。多重録音の肝であるミキサーの代わりになるのです。録音は次のようにやります。

1.ギターアンプの前にマイクを立てて、オーディオ・セットのカセット・デッキで伴奏を録音する。
2.録音したテープをウォークマンへ入れる。ウォークマンの出力はケーブルでマイクへ接続。
3.FMラジオを録音出来るようにして、新しいテープでカセット・デッキを録音スタート。
4.ウォークマンで伴奏を再生スタート。伴奏を聞きながらメロディーを弾く。
5.伴奏とメロディーが混ざったものがカセット・デッキに録音される。

宅録史_01

これをもう一回繰り返して、伴奏、ベース的な低音、メロディーの3パートを重ねることが多かったです。しかし、気が遠くなるような努力を必要としました。何故かというと・・・

・演奏の途中で止められない。毎回、絶対に間違わないで全部弾かなければならない。
・メトロノームもクリックも使えないのでタイミングが取れない。途中にリズムのはっきりしない伴奏や長い休符があるとタイミングをミスる。
・機材が機材なので雑音がひどい。3回目には雑音に埋もれて何だかわからなくなる。
・重ねる音のバランスはギターアンプの音量で合わせるしかない。試行錯誤でやってみないとバランスが決まらない。

などなど。いずれにしてもエレキギターを買って1年ちょっとでは「間違えずに弾く」ことが困難なので、数十回録音してまぐれで出来るのを待つしかありませんでした。

この録音方法で途方もない労力をかけ10曲が完成しました。しかし、これで出来ることは知れてます。今聞くと「ただコードを弾いているだけ。本当に曲か?」と思います。しかしながら、努力の甲斐もあり作曲の技量は上がっていきました。この方法で最後に作った曲は、後日、アレンジし直して1stアルバムに入れた"Seaside of Twilight"です。

 今回の機材:オーディオ・セット、ウォークマン、ワイヤレスマイク

 今回の一言:機材がなくても曲は作れる

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宅録史:序章 [連載読み物]

今回から新連載です。自分は昔々から作曲した曲をテープやCD等の音源に仕上げる作業をしています。いわゆる自宅録音(通称:宅録)です。今ではPCと録音用のアプリが一つあればすべてが簡単に出来てしまいますが、当時、そこに辿り着くまでは苦難の歴史でした。おじさんの昔話になってしまいますが、その初期の歴史を書いてみます。今回は、今とはあまりにも違う当時(1980年代初頭)の時代背景です。

宅録史_序章

以前も書きましたが、高校生の時に作曲をしたいと思い、受験が終わった春休みにエレキを買いました。今なら曲を作りたかったら、まずはPCを買って録音用のアプリの習得になると思いますが、当時はPCどころか打ち込みもない時代なので、曲を作るためには何年もかけて楽器を習得するしか道はなかったのです。作曲をするためにはギターより鍵盤の方が良いのは分かってましたが、まだ安価な電子キーボードも存在せず、高価なピアノやエレクトーンを買える経済状況ではありませんでした。選択肢はなく、¥36,000のエレキを買うことから始まりました。

当時はまだアナログ・レコードの時代でした。アマチュアがレコードを作ることは金銭的に難しく、オリジナル曲を配布する媒体はカセット・テープしかありませんでした。また、録音のためのマルチ・トラック・レコーダー(MTR)、ミキサー、エフェクターも主流はプロ用のアナログ機器で何百万円以上もする物ばかりで、それらを買うことは不可能でした。

そんな時代だったので、アマチュアがそれなりのクオリティーでオリジナル曲を音源にするためには、録音設備があるスタジオでバンドの演奏を録ってもらい、カセット・テープの完成品まで仕上げてもらうしかありませんでした。プロ用の機材も高価な時代だったので、頼むと1~2曲でも10万円以上はかかったと思います。自力でやろうとしたら練習スタジオにラジカセを持ちこんで一発録りしかありませんでした。現在のようにデジタル録音ではないのでとても音質が悪く、ボーカルが聴き取れるかも怪しい音ですが、多くのアマチュアのデモテープは、それが普通でした。

自宅での録音は、オープンリールのテープを用いたアナログのMTRはありましたが、こちらも100万円以上はしましたし、ミキサーやエフェクターも揃えることを考えると自宅で機材を揃えることは不可能でした。なので、自宅で一人でやろうとすると、ラジカセでのギターの弾き語りの一発録りぐらいしかありません。

このような状況でしたが、MTRやミキサーなど、いずれも100万円の壁を切り始めて、徐々に自宅録音が見えてきた時代でもありました。とは言うものの一般庶民の大学1年生の自分に、そのような機材を買えるわけもなく、でも作りたいという情熱(欲望)は抑えきれず、無い知恵を絞って曲作りを始めることになります。

では、次回からそのお話が始まります。

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目次(随時、追加していきます)
宅録史1:家であるもので曲を録音しろ
宅録史2:ドラムの法則をさがせ


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ハーモニーの歴史15 [連載読み物]

成り立ちの歴史からハーモニーをやんわりと解説するシリーズの続きです。長らく続いたこのシリーズ、今回で最終回です。

  前回のお話はこちら → ハーモニーの歴史14
 1回目のお話はこちら → ハーモニーの歴史1

第15回:崩壊?創造?(テンション編3)

15_Tristan und Isolde
R. ワーグナーのトリスタンとイゾルデの冒頭
青枠部は通称“トリスタン和音”
ハーモニーの崩壊を導いた有名な響き
無理やりコード名をつけてみましたが、、、

前回は、テンション・コードを多用した場合の制約を説明しました。テンションの華やかな響きを得る代償として、コード進行がワンパターン化しやすいと言うことです。ただし、19世紀の終わり頃、時代がもう少し進むとテンション・コードは、これらの制約を乗り越えると共に、調性と言うヨーロッパ音楽の基幹をも破壊することになります。

そのもう一つの立役者は変化和音です。変化和音とテンション・コードは分けて考えるべきと説明しましたが、当時の作曲家は、その境をあえて曖昧にする事により、新しい和音(もしくは調性の崩壊)を作り出しました。例えば、7th音にシャープやフラットを付け、これを、一次的な不協和音として使うのではなく、和音の主役として使用します。これにより、トニックへ進むべき本来のドミナント・モーションの機能が曖昧になります。

同様にテンション音にシャープやフラットをつけて音程を変化させると、本来の調(キー)のコードではなく他の調性のコードに聞えてきます。つまり、一つのコードに復数の調性が現れます。特に、トニック(ベース音)を削除すると、ほとんど本来の調性が分からなくなります。よって、本来の調で進んでいるハーモニーの上で、別の調性のハーモニーが入れ代り立ち代り現れることになり、要のドミナント・モーションが消えていきます。これにより、ドミナント・モーションの制約から解放されて、あらゆる音を使う事が出来ます。よって、(うまくいけば)多彩な響きが可能になります。

さらに進むと3度音の積み重ねも突き崩すことが可能です。13thのコードに変化和音を用いると、結果として、1オクターブ内にあるすべての音(白鍵、黒鍵すべてを含む12音)を使う事ができます。つまり、コードの音の選び方に制約がなくなってしまいます。その中から適当な音だけを選んでいけば、長短を含めた2度の音程を重ねる事も選択できます。これを進めると、3度音程のないハーモニーが出現します。特に、全音音階を併用すると復調を超えて無調をも得る事が出来ます。

テンション・コードは、不協和音に近いものです。それを違和感なくコード進行の中に入れこむのが、ドミナント・モーションの力です。変化和音により、あえてその後ろ盾を外すことにより、限りなく大きな自由を得たと言えるでしょう。ここまで来ると、調性の崩壊につながります。すべての音を自由に使えるということは、すばらしい可能性を得ると同時に、何も規則がない事を意味します。

ヨーロッパの音楽は、調性と言う規則の元にハーモニー、そして音楽そのものを発展させてきました。しかし、ハーモニーを発展させる為に、自らその規則を取り崩してきたと言えます。その結果として、終焉を迎えることになりました。


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ハーモニーの歴史14 [連載読み物]

成り立ちの歴史からハーモニーをやんわりと解説するシリーズの続きです。

  前回のお話はこちら → ハーモニーの歴史13
 1回目のお話はこちら → ハーモニーの歴史1

第14回:多彩な響き?ワンパターン?(テンション編2)

14_Liebestraum
リストのピアノ曲、愛の夢 第3番
テンション・コードの美しくモダンな響き
定石的なセカンダリー・ドミナント・モーション
いわゆる、Ⅱ-Ⅴによる進行が聞かれます

不協和音的に単発でテンション・コードを使いインパクトを得ることは、テンション・コードの概念が生まれる以前から聞かれます。しかし、それを複数つなげて、かつ、綺麗に響かせるのは難しい事です。変化和音とは異なる、そのような、機能的なテンション・コードの使い方は、19世紀も半ばになってから生まれました。今でも、ジャズやそれに影響を受けた音楽では、多くのテンション・コードの連結が聞かれます。それは、どのような仕組みになっているのでしょうか。

以前、テンション・コードは、7thコードと同類だと言う事を説明しました。通常のテンション・コードは、必ず、7th音を含むとともに、コード進行では7thコードと同じ機能を持っている訳です。その機能とはドミナント7thと呼ばれる「ソ、シ、レ、ファ」の7thコードが、トニックと呼ばれる「ド、ミ、ソ」へ進む力、つまり、ドミナント・モーションと呼ばれるコード進行の推進力です。

これにより、テンション・コードは7thコードと同様に、強力なコードの推進力を持っているわけですが、それをつなげて行こうとすると、困った問題が現れます。つまり、ドミナント7thのコードの次は、必ずトニックあるいはそれと同機能の「落ち着いたコード」に進みます。つまり、テンションのないコードに進もうとしてしまうわけです。テンション・コードを複数つなげていくのが難しいのは、これが主な理由です。

そこで、これを回避する技が、一つあります。それは、次から次とドミナント・モーションが来るように、コード進行にある錯覚を入れ込むことです。例えば、「ソ、シ、レ、ファ」の前に「レ、ファ#、ラ、ド」を置きます。この二つは、調(キー)がト長調(Gメジャー)だとすると、単にト長調のドミナント・モーションと解釈できます。つまり、ドミナント・モーションを一時的に他の調へ当てはめることにより、順次、ドミナント・モーションをつなげることが出来ます。これは、セカンダリー・ドミナント・モーションと呼ばれるテクニックです。

セカンダリー・ドミナント・モーションを多用すると、ドミナント・モーションの連続、つまりは7thやテンション・コードの連続を使うことが出来ます。ただし、それによる危険もたくさんあります。例えば、上記の例のように、本来の音階から外れたシャープやフラットがついた音がたくさん出てきます。これにより、メロディーとの兼ね合いが難しくなります。歌ものであれば、音程が取りづらくなります。ただ、これは、演奏の技量により何とかなるものではあります。

そして、もう一つは、コード進行そのもののバリエーションです。セカンダリー・ドミナント・モーションは、ある意味、ワン・パターンです。いわゆる「Ⅱ-Ⅴ(ツー・ファイブ)」と呼ばれるコード進行の繰り返しです。実際の曲では、いろいろなコードの置き換えが行なわれるとは言うものの、定型的な感じはいなめません。つまり、テンション・コードにより個々のコードは複雑になるものの、コードの進行は簡素になります。一時的にいろいろな調への移り変わりはあるにせよ、ドミナント・モーションと言う土台から逃れなれなくなるのです。このワンパターン化は、ジャズなどの即興演奏が主となる曲では、良いのかもしれませんが、作曲としては、型にはまったものになりやすく、テンション・コードの落とし穴と言えます。

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